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板垣恵介は元自衛隊で空挺団にいたの?格闘漫画を書く理由も深掘り

板垣恵介さんといったらやはり「グラップラー刃牙」や「バキ」などの格闘漫画がかなり有名ですよね。

私も好きで読んでいるのですがやはり面白いですし、かなり引き込まれます^^

そんな板垣恵介さんですが、もともとは自衛隊だったとのもちらほら聞きます。

そこで今回は板垣恵介さんがもともと自衛隊だったのか?というのと格闘漫画をはじめた理由もそこにあるのではないか?という部分に迫っていきます。


板垣恵介のプロフィール

板垣恵介さんは日本の漫画家であり、格闘技についての作品が主です。

最初は漫画家を目指していなかったらしいのですが、少年時代からイラストを書くのが趣味でその腕を活かして生きていこうと決め漫画家になることを決意。

そこで、小池一夫さん主催のマンガ教室「劇画村塾(東京第六期生)」に入塾。

本名は板垣博之というのですが、ペンネームを決めるとなって、小池一夫さん原作の「傷追い人」の主人公・茨城圭介と板垣恵介さんの妻・惠子さんから名前をとって「板垣恵介」のペンネームで1989年に「メイキャッパー」でデビューしました。

1991年に「グラップラー刃牙」の連載を週刊少年チャンピオンではじめ、第二部の「バキ」第三部の「範馬刃牙」そして第四部の「刃牙道」を今もなお連載しています。

もともとは自衛隊だった?

板垣恵介さんは高校を卒業後に地元の企業で就職するもすぐに退職しました。

20歳のときに、昔から格闘家に対する憧れがあったということがあり、陸上自衛隊に入隊します。

その後陸上自衛隊に五年間所属するも、B型肝炎という病気になってしまい、やむなく除隊。

その後は一年間程入院生活をして、退院したのですが陸上自衛隊には戻らず、職を転々としながらなんとか生活をしていたみたいです。

自衛隊に入ってものすごい数の辛い訓練を経験したらしく、それが人生の糧になり、生きててどんなに辛い事があっても乗り越えることができたみたいです。

やはり、過去の辛い経験と言うのは自分自身をつよくしてくれるのですね。

空挺団ってなに?

板垣恵介さんが自衛隊にいたという話書きましたが、自衛隊についてはなんとなくわかるけど、空挺団についてはあまり知らないという方もいるのではないでしょうか。

そこで空挺団についてなんですが、わかりやすくいうと空中戦(航空自衛隊の輸送機をつかってのエアボーン作戦という戦い)と陸上自衛隊のヘリコプターを使って敵地に部隊を派兵する戦術(ヘリボーン作戦)を主に行っていく空挺部隊です。

その空挺団にいた時に、よっぽど辛い訓練があったらしく「総重量三十kgのリ小銃や荷物を背良い三日間寝ないで富士山を100kmあるき続ける」というようなものです。

板垣恵介さん自身その訓練を乗り越えることができたお陰で今があるとおっしゃっています。

この訓練について板垣恵介さんの強い希望で自伝として漫画化もされているのでぜひ読んでみてください。

格闘漫画を書き始めた理由は?


ファンの人からはなぜ格闘漫画を始めたのだろう?など、なんで大体の作品が格闘漫画なんだろうという疑問があるようですね。

板垣恵介さん自身昔から格闘家に対する憧れがあったというのと昔からイラストをかくのが好きだったという理由で漫画を書くとしたら格闘漫画しかない!となったようです。

なので、もともと自衛隊だったから格闘漫画を始めた、というわけではなかったんですね。

格闘技が好きという憧れもあって、高校時代は少林寺拳法をやったり、陸上自衛隊にいるときはアマチュアボクシングの大会に出たりとしていたみたいです。

まとめ

板垣恵介さんは元自衛隊員で、陸上自衛隊に五年間所属していた

昔から格闘家に対する憧れあったという点と昔からイラストを描くのが好きという点があり、格闘漫画を描くことになった

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!