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火垂るの墓の清太の死因と死んだ日は?駅のシーンの場所はどこ?

2018/07/16
 

火垂るの墓では節子に続き清太までもが死んでしまうのですが、

清太の本当の死因って結局なに?ということになっています。

そこで今回は、

火垂るの墓の清太の死因と死んだ日は?という点と駅のシーンの場所はどこ?という点について深掘りしていきたいと思います。


清太の死因は?

清太は兵庫県神戸市三宮駅で座り込んだままの状態で最期を迎えます。

最後の死に方に疑問を持った方が少なからずいるはずです。

死因について探っていきたいと思います。

栄養失調による餓死

もともとお母さんが貯金していた7000円もおばさんの家をでるために使ってしまったのと、

節子のために大量に食料を買ったのでなくなってしまいました。

そのため清太は食べるものがなくなってしまい飢えてしまったということです。

人の食べ物を盗もうとするシーンも何度かあるので、餓死したというのもかなり納得がいきます。

座り込んだままの状態で死ぬということはやはり栄養失調による餓死・衰弱死してしまったと考えられます。

自殺

今までは節子とともに生きてきたということもあり、

どんな困難も2人で頑張ってきたのですが、節子が途中で死んでしまいます。

それにより清太が精神的に負担がかかってしまい自殺したのではと言われています。

やはりずっと2人で生きてきて急に一人になるというのは辛いですし、

生きる気力もなくなってしまったのだと思われます。

作中でかなり伝わりますが清太の節子に対する愛情は相当なものです。

死んだ日は?

清太の死んだ日は9月21日のようですね。

節子が8月22日西宮満池谷 横穴防空壕の中で死んでしまったとのことなので、

節子の一ヶ月後になくなってしまったようです。

本当の死因は?

「栄養失調による餓死によって死んだのでは?」

「精神的に参ってしまい自殺したのでは?」

という2つの死因が考えられましたが本当の死因はどうなっているのでしょう。

結果からすると2つが重なって死んでしまったと考えられますね。

清太は両親を亡くして、更にずっと一緒に生きてきた節子まで失ってしまい、

メンタルやプライドはずたずたになってました。

そしてさらに食料もないという状況になってしまい生きる気力も働く気力もなくなってしまったのだと思われます。

駅のシーンの場所はどこ?

駅のシーンは清太の最期のシーンですね。

清太は兵庫県神戸市三宮駅で最期を迎えるのですが、

果たして最後に駅へ行った理由はなんなのでしょうか。

火垂るの墓の時代は孤児になってしまいうと1人で生活していくというのが大変でした。

しかし、戦争中は空襲で人々は防空壕に入るので、

人の家に忍び込んで食べ物をとることが出来ました。

ですが、戦争が終わってしまうとそのようなことも出来ないので、

清太は人がたくさんいる駅に行けばなんとかなるということで行くのですが助けてくれる人はありませんでした。

当時は生きるのすら大変な時代ですから、周りも自分のことで精一杯ということです。

それで食べるもののなく駅で静かに亡くなってしまいました。

まとめ

・死因は「栄養失調にようる餓死」「精神的に参ってしまい自殺」という両方の考えが重なった

・駅に行った理由は、駅に行けばなにかあると思ったため

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!



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